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契約期限満了を迎えるテナントがオフィスを解約?— —激動の不動産マーケットを占う

牧野 知弘牧野 知弘

2022/01/26

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イメージ/©︎pitinan・123RF

大激変 オフィスビルマーケット

2022年になり1カ月が経とうとしている。年初にオミクロンのような変異株の流行が猛威を奮い、社会の閉塞感が続いているものの、強い感染力のわりに重症化リスクは低いとの報告もあり、発生から2年を経過した今年は、おそらく疫病に怯える日々は少なくなり、世の中は徐々に健康な状態に戻るであろう。そうした意味で、今年はまずコロナ禍を前提にするのではなく、アフターコロナの時代の不動産マーケットを展望することが賢明であろう。

人々の生活のインフラを担う不動産においても、アフターコロナにおける今年は大きな変節の年になる。これまでの成功の方程式が通用しない時代の幕開けである。

まずコロナ禍で大きく変容したのが、人々の働き方である。これまで全くあたりまえの行動と考えられてきた「通勤」が、約2年にわたって制約された結果、多くの業種や職種において、必ずしも毎朝通勤をする必要がないことが判明した。いまだにクラシカルな会社では、コロナが過ぎ去った後、以前の行動様式である通勤を復活させようという動きもあるが、世の中のトレンドは少なくとも、自宅やコワーキング施設などでのテレワークと、ミーティングやコミュニケーションを主体としたオフィスでの働き方のハイブリッド型に進化しつつある。すでにJRをはじめ鉄道各社も、通勤客がコロナ前の状態に戻ることがないことを予測して、列車本数の削減を検討し始めた。

こうした動きで最も深刻な影響を被るのがオフィスビルである。コロナが流行し始めた当初こそ、オフィスビルを解約、面積縮小をするのは中小のIT系企業などごく一部であり、オフィスマーケットには何ら影響はないと、自信たっぷりにコメントする関係者が多かったが、今、マーケットの足元は大きく崩れ始めている。

三鬼商事の発表によれば、都心5区(千代田、中央、港、新宿、渋谷)のオフィスビル空室率は昨年12月の段階で6.33%と、貸手借手の優位な立場が入れ替わるといわれる5%ラインを超えている。また港区では8.56%と完全に借手優位な状況に陥っている。街を歩くと「テナント募集」の看板を掲げたオフィスビルも目立ち始めている。

今年は、新築ビルの供給が例年よりも少ないためマーケットが大きく崩れる懸念は少ないとの見方があるいっぽうで、オフィスビル業界では上得意とされる情報通信系やゲームなどのソフトウェア、電機、設備機器などの業種で、解約や面積の縮小が相次いでいる。

現在、大規模ビルにいる多くのテナントは、オーナーとの間に3年から5年程度の建物定期賃貸借契約を結んでいる。今年はコロナ前に締結していた契約で期限満了を迎えるテナントが多いのだ。オフィスマーケットは2018年初頭に空室率が3%を切った後、2020年2月に1.49%という空前の低率を記録するまで、活況を呈してきた。この期間中に、「なくなっていく」オフィス床を確保しようと、新規オフィスの拡充や増床に走るテナントが多くいた。これらのテナント契約で今年多く期限が到来する。

すでに富士通は、三井不動産が運営する汐留シティセンターをはじめ東京都内で約1万5000坪、横浜や川崎までを含めると2万坪を超えるオフィスを解約している。リクシルは江東区にある本社ビルを売却、オフィス床を従前の1割、つまり9割削減するという衝撃的な発表をしている。NEC、三菱電機も同様の動きを始めている。テナントとの契約が今年期限満了を迎えるビルオーナーは、心休まることがないはずだ。


港区東新橋にある汐留シティセンター/©︎tupungato・123RF

従来オフィス床需要の強い、電気通信系に加え、ゲームなどのソフトウェア系も面積の縮小が顕著だ。DeNAは渋谷ヒカリエを解約してスクランブルスクエアのWeWork内に移動。座席数を4分の1にしただけでなく、オフィス賃料という固定費をコワーキング施設利用料という変動費に転換した。ヤフーは赤坂見附の紀尾井タワーやKタワーで計9000坪を解約した。

さらに今年は来年以降続々竣工を迎える、東京駅八重洲口、京橋、日本橋、虎ノ門、神谷町などの新築大規模ビルがテナント獲得のため熾烈な勧誘が行われる。すでにテナントは奪い合いの状況だ。いままでテナントに対して高飛車な営業を続けていた大手デベロッパーがいきなり低姿勢になったとの噂もあちらこちらから聞こえてくる。

需要が萎む中、来年から25年にかけて大量供給を迎えるオフィスビルマーケットは大激変の年だ。

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実需層以外の購入が多いハイエンドマンション 

マンションマーケットはオフィスに比べると複雑だ。需要が多岐にわたって分散を始めているからだ。まず都心にあるタワーマンションやブランド立地に建つハイエンドな超高級マンションは、今年もある程度の売れ行きを保ちそうだ。世の中では誤解されているのだが、このクラスのマンションを買う層は、一般人、いわゆる実需層が少ないのだ。東京都心にアドレスを持ちたい地方富裕層、国内外の投資家、節税対策をしたい高齢富裕層に、世帯年収が夫婦で2000万円を超えるような超パワーカップルに加え、最近では転売を目的とした業者買いまで横行し成り立っているマーケットだからだ。

ただし、こうしたマーケットは世界の金融マーケットの動きなどの影響を受けやすい。中国などで不動産の暴落などが発生すると、連鎖反応で一気にマーケットが崩れる可能性もある。

【参考記事】土地値や建築費上昇が原因ではない 新築マンションの価格が上がっているワケ

物価高も重しに 住宅ローンの返済負担感が増す実需層


原油価格の高騰が生活の重しに/©︎qiujusong・123RF

実需層は20年前などと比べると、高齢化による人口構成が変わったことから3分の1から4分の1になっている。彼らには都心マンションには手が届かないが、働き方が変わる中、必ずしも都心に居を求める必要がなくなり、郊外シフトが進んでいると言われる。マンションデベロッパーの多くはこうした需要を捕まえようと郊外、衛星都市周辺などでの用地取得に注力しているが、実需層にとっては焦って買い求める環境ではなくなってくるのが今年からのマーケットだ。

長く続いて金融緩和の影響で地価が高騰。人件費や資材費の値上がりで新築マンションは高騰を続けている。郊外でも4000万円台後半から5000万円台の分譲価格は、世帯平均年収(中央値)で437万円の一般庶民にとっては高嶺の花である。

今年は住宅税制の優遇が縮小されたことの反動に加え、心配されるのが諸物価の高騰だ。原油価格の高騰は、ガソリンのみならず、電気代、ガス代の値上げ、物流コストの上昇による配送料等の高騰につながる。食料自給率が38%(カロリーベース)の我国では通貨安は、輸入食料品の値上げに直結する。住宅ローンの返済は、こうした生活の基礎コストを払ったうえでの返済となる。返済負担感が一層募ってくるのが今年からである。

コロナ禍で国も大盤振る舞いをした。そのツケはやがて増税という形で庶民生活に降りかかる。早ければ夏の参議院議員選挙後にも消費税などの値上げが議論されてもおかしくない。

【参考記事】返済比率25%〜35%は昭和・平成の幻想 令和時代の住宅ローンでの返済計画に求められるもの

実需層はこうした動きを冷静に見ながらの住宅購入を考えればよい。今年から、団塊世代が後期高齢者の仲間入りを始める。75歳以上となれば、どんなに元気な世代でもそろそろお迎えが来る人がでてくる。今年からの数年間は、首都圏でも大量相続時代の幕が開ける。多くの住宅が賃貸や売却に出てくる可能性は高い。中古物件を丹念に物色するとよい物件に出会う確率はこれまでよりもはるかに高くなるのが今年からの中古マーケットだ。

税制の恩恵の縮小や生活コストの上昇は、今年の新築マンションなどの住宅需要を冷やす可能性が高い。自分たちの見栄や投資、節税が目的化している富裕層や投資家と実需で買い求める層とは全く別のマーケットなのだ。昨年まで続いたマンション宴も今年はその正体が顕在化する一年となりそうだ。

リバウンドが見込める宿泊・観光マーケット


期待される宿泊・観光マーケットの復活/©︎paylessimages・123RF

最後に、今年復活するのが宿泊・観光マーケットだ。コロナによって押さえつけられてきた需要は、今年は大きくリバウンドしそうだ。Go Toは旅行会社などの業者救済策であり、この施策を行わなくても需要は十分に跳ねるだろう。インバウンドは完全に回復するまで2年は必要だ。海外に出かけづらい状況下で、国内観光は大いに栄えそうだ。

いっぽうビジネス宿泊については、一部がオンラインに代替された影響は深刻だ。ビジネス需要の減少でビジネスに特化したホテル、旅館などの苦戦は続く。中には業態転換を余儀なくされるビジネスホテルも出てきそうだ。

これまでの成功の方程式が、どうやら今年を起点に通用しなくなる可能性が高いのが不動産マーケットである。そしてこの傾向は来年、再来年とさらに強まっていくだろう。よろしくないのは、過去の方程式に拘って「まだ大丈夫」などといった不確かな確信、昭和平成の余熱で世の中を考えてしまう思考停止だ。今年は転換点にあったとあとで考えても取り返しはつかないのだ。

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この記事を書いた人

株式会社オフィス・牧野、オラガ総研株式会社 代表取締役

1983年東京大学経済学部卒業。第一勧業銀行(現みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループを経て1989年三井不動産入社。数多くの不動産買収、開発、証券化業務を手がけたのち、三井不動産ホテルマネジメントに出向し経営企画、新規開発業務に従事する。2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT市場に上場。2009年オフィス・牧野設立、2015年オラガ総研設立、代表取締役に就任。著書に『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』『空き家問題 ――1000万戸の衝撃』『インバウンドの衝撃』『民泊ビジネス』(いずれも祥伝社新書)、『実家の「空き家問題」をズバリ解決する本』(PHP研究所)、『2040年全ビジネスモデル消滅』(文春新書)、『マイホーム価値革命』(NHK出版新書)『街間格差』(中公新書ラクレ)等がある。テレビ、新聞等メディアに多数出演。

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